マスクの使いかた

WHOが公開しているマスクの正しい使いかた。

When and how to use masks

わかりやすい動画もあるのでぜひ観てください。動画では、マスクは正しく使わないと汚染源になりうるということも明言しています(下手に使うとむしろ感染が広がる)。

本文のコピーは以下。併せて日本語訳を書いてみたので参考にしていただければと思います。

 

• If you are healthy, you only need to wear a mask if you are taking care of a person with suspected 2019-nCoV infection.

あなたが健康であれば、2019-nCoVに感染している疑いのある人を看病する場合のみ、マスクを着用する必要があります。


• Wear a mask if you are coughing or sneezing.

咳やくしゃみが出る場合は、マスクを着用してください。


• Masks are effective only when used in combination with frequent hand-cleaning with alcohol-based hand rub or soap and water.

マスクは、アルコール入りの手指消毒剤もしくは石鹸と水で頻繁に手を清潔にすることと併用して初めて、効果を発揮します。


• If you wear a mask, then you must know how to use it and dispose of it properly.

マスクを使うのであれば、正しい使いかたと捨てかたを知る必要があります。


• Before putting on a mask, clean hands with alcohol-based hand rub or soap and water.

マスクを着用する前に、アルコール入りの手指消毒剤もしくは石鹸と水で手を清潔にしてください。


• Cover mouth and nose with mask and make sure there are no gaps between your face and the mask.

口と鼻をマスクで覆って、顔とマスクの間に隙間がないようにしてください。


• Avoid touching the mask while using it; if you do, clean your hands with alcohol-based hand rub or soap and water.

使用中にマスクに触れてはいけません。触れた場合は、アルコール入りの手指消毒剤もしくは石鹸と水で手を清潔にしてください。


• Replace the mask with a new one as soon as it is damp and do not re-use single-use masks.

マスクが湿ったらただちに新しいものと交換してください。使い捨てのマスクを再利用しないでください。


• To remove the mask: remove it from behind (do not touch the front of mask); discard immediately in a closed bin; clean hands with alcohol-based hand rub or soap and water.

マスクを外す際は、後ろ(マスクの前方に触れないでください)から外し、ただちに蓋のついたゴミ箱に捨ててください。手をアルコール入りの手指消毒剤もしくは石鹸と水で清潔にしてください。

【※訳者注:マスクの紐を持って外し、紐で持ったまま捨てるということです。WHOのウェブページにその旨説明した動画があります】

三月のライオン(15)

 

3月のライオン 15 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 15 (ヤングアニマルコミックス)

 

 

やっと然るべき形に落ち着いたという感じ(ネタバレ

あとは久しぶりにガチで将棋対決が再開され、なるほど過去の棋譜が通用しないところでは人それぞれイメージが違うのねとか、自分の弱さへの向き合い方とか、将棋に対するモチベーションの違いとか、何を目指して生きているのかとか。

棋士のみなさんも色々違うのだなというのが、先崎九段のコラムとの対比でよくわかったりする。

なんというか…ずっと読んできてよかったなあと思いました。もう幸せでいいよね(ネタバレ

5年間飼っていた犬が死んだ

6月28日の夕方に、飼っていた犬が息を引き取った。

元々は妻の実家で飼われていた犬だったが、妻の両親が体調を崩して犬の面倒を見られなくなり、犬の体調も相当悪化しているのを妻が見かねて、強引に引き取ってきたのだった。

散歩もままならないため脚力が弱っており、皮膚病もかなり進んでいたが、散歩に連れ出し、薬入りのシャンプーを何度も浴びせて洗った。

体力はみるみるうちに回復し、そこから皮膚病も少しずつ改善してシャンプーも要らなくなり、数年は元気に暮らしていた。

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1年半前に神経の不調から体調を崩し、ステロイドの錠剤を服用させるようになった。
獣医さんにはもう長くないと言われたがそれから1年近くは散歩にも連れて行き、薬の影響もあって食事もこれまで以上に食べ、薬を飲む以外はいたって元気に過ごしていた。

半年前くらいから散歩を億劫がるようになり、獣医さんにももう散歩は無理にさせない方がいいと言われてからは、家の中でオムツを巻いて一日中寝て過ごすようになった。

5月の連休中に突然体調を崩して酸欠になり、ステロイドを大量に注射されて回復し、ステロイドが切れたらまた調子が悪くなって注射して、というのを繰り返すうち、あっという間にやせ衰えて立てなくなった。
食欲はあったので身体を支えて食べさせたが、いま思うとたぶんほとんど栄養を吸収できていなかったのだろうと思う。

やがて自力では起き上がれなくなり、寝返りも打てなくなり、しきりにクンクンと鳴くようになった。看病する人間の神経が保たないので、夜は鎮静剤を飲ませるようになった。犬も落ち着かなくて立ち上がろうと足をバタつかせたりしていたので、鎮静剤で体力も温存できたのではないかと思うが、副作用で寿命を縮めたかもしれない。今となっては確かめるすべもない。

1週間もしないうちに食欲もなくなって、エサを食べなくなり、それからさらに数日で発作を起こして亡くなった。食べなくなったらもう延命はやめようと話していたので、ある意味では予定通りだった。

最後の日にたまたま休暇を取って家にいたため看取ることができたのは幸運だった。
そういう、空気を読んで行動するようなところのある犬だったから、僕らが家にいるタイミングを見計らって頑張るのをやめたのかもしれないと思う。

アマゾンの段ボール箱にバスタオルと保冷剤を入れて犬を安置した。エサとおやつと昔よく遊んだぬいぐるみを入れ、花を買ってきて添えた。

ペット専門の葬儀屋さんに火葬してもらった。足型のスタンプを取った色紙を作ってくれた。骨は全て、それこそ足の指や爪までみんなで拾って骨壷に納めた。後にはバスタオルと花とぬいぐるみとエサの焼けた灰しか残さなかった。

どこへ出かけるにも犬の餌やりと散歩を気にしないといけないのは正直大変なことだった。
ペット禁止のマンションに住んでいるため隠れて飼っていた。
でも利口な犬だったし、前の飼い主だった義父によく躾けられていて危険を感じない限りは決して吠えない犬だったので、実際問題としてそれほど迷惑になることはなかったと思っている。そんなことはなくて迷惑かけまくりだったかもしれない。だとしたら大変申し訳なかった。

義父と義母が相次いで亡くなり、子供たちは思春期になり、僕の父は認知症で特養に入居し、母は胸椎骨折で入院してやがて亡くなり…家の中が色々と難しい時期だったが、犬が一匹家の中で安心しきってスヤスヤと眠っているだけで、みんなが救われていた。
この時期に家に犬がいたことは、本当に幸運なことだった。

犬のほうはどうだっただろうか。
元気なうちは僕が帰宅すると走ってきて足元でウロウロして、ひとしきり撫でると納得してどこかに走っていくような甘えん坊だった。
妻と分担して1日2回散歩にも連れていったし、エサも十分に与えたし(体のサイズの割にウンチがとても大きい犬だった)、きっと満足して暮らしていたと信じたい。

小太郎。
うちに来てくれてありがとう。
5年と少し、一緒にいてくれてありがとう。
さようなら。

僕自身は天国なんて信じてないし天国に行きたいとも思わないけど、この犬だけは天国でお義父さんと楽しく過ごしてほしい。
火葬場の煙突から出る湯気で揺れる木の枝を見ながら、本気でそう願った。

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頭の左上のほうにあるとても大切な何かが詰まった引き出し

母が亡くなった。

入院生活が1年近くなろうとしていたある日の朝、プラグが着火しなくなったエンジンのように、あるいは電源ユニットが故障した家電製品のように心臓が止まり、鼓動しなくなった。静かで唐突な停止だった。

納棺と出棺以外は業者の手を入れず、全て家族とごく近しい人で送ると決まってから、通夜、告別式と準備運営に追われるままに3日間が過ぎ、ようやく感じる時間が取れていまこの文章を書いている。

入院生活の間に会えたのは結局2回だけだった。

最後の方は電話で話しても何を言っているのか聞き取れなかった。口から栄養を摂れなくなったことで口周りの筋肉が弱ったためだった。そもそも話している内容も現実から乖離して意味不明になりつつあった。

入院している間に何かできたのではないか。せめてもっと頻繁に会いに行けたのではないか。

自宅での生活にこだわり続けた母が入院しないで済むために何かできたのではないか。

家で転ぶ前に何かできたのではないか。

階段を下り坂道を登って通院することができなくなる前に何かできたのではないか。

筋力が落ち背中が曲がって台所に立つことが難しくなる前に何かできたのではないか。

バイクのスタンドを自力で立てられなくなって買い物に出かけられなくなる前に何かできたのではないか。

骨粗鬆症と診断されたときに何かできたのではないか。

どの時点で危機感を持てば、母は自宅で最期を迎えることができたのだろうか。

 

この1年間、母について何かを考えようとするとき、いつも頭の中に開かない引き出しのようなものがあった気がする。頭の左側、耳と頭頂の中間あたりにその引き出しは付いていて、何か大切なものが入っているのだけど、その上から何かを無理やり詰め込んで閉めてしまったせいで、引き出しが開かなくなってしまっている。大切なことをずっと思い出せないでいるのではないか、この状態のままではいけないのではないか。

引き出しを開けるにはどうすればいいのか。そのうち自然に開いて大切な何かが取り出せるようになるのか。それともこの引き出しごと大切なことを忘れ去ってしまうのか。

とにかくいまはまだ引き出しの中を整理することができないでいる。母が亡くなったいま、そこを整理しなくてはいけないはずなのだけれど。

再掲:高齢者が引き起こす交通事故は増えていない

社説:高齢者の自動車運転 従来以上の制限が必要だ - 毎日新聞

警察庁の統計によると、免許を所持する人のうち昨年死亡事故を起こした人の年齢別比率は、85歳以上の高齢者が最も高く、30代の5倍以上に達した。」


この記述は正しくない。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000031819316&fileKind=2

↑これは今年3月の月報だが、月報を12ヶ月分集計したものが年報であることと、全体のトレンドは10年間ほぼ不変なので、傾向としては概ね同じ数値と推定してよいはず。(昨年度の統計はまだWebに載ってないみたいなので、この数字で説明します)


毎日新聞が書いているのは表3-3の数字、「年齢層別免許保有者10万人当たり死亡事故件数」のことだと思われる。10万人あたりの件数では確かに85歳以上が高いが、この表の一番右の列にある通り、免許保有者の人数構成率が30代と85歳以上では大きく(20倍くらい)異なる。この比率を考慮するとむしろ30代の方が事故件数は増える。


その事故件数は、表3-2にあるとおり、30代が71件、85歳以上は16件。明らかに30代の方が多い。


そして一番重要なことだが、この統計に示すとおり、死亡事故の件数はここ何十年間もずっと減少傾向である。警察の活動、自動車の性能向上、運転者の意識の向上により、事故が減っていることを忘れてはいけない。

 

そして、交通事故による死者は高齢者が多いことも忘れてはいけない。表2-2にあるとおり、65歳以上の交通事故死者数が常に65歳未満の死者数を上回っていることは重要である。

次にアクションを考えるなら「高齢者をいかに交通事故から守るか」であって、「高齢者からいかに運転免許を奪うか」ではない。


全ての交通事故は被害者にとって悲惨であり、起こさないように努力することは重要だ。しかし、特に悲惨な例を取り上げて全体像を歪ませ、間違った情報で高齢者を過剰に束縛する議論を誘導するのは、報道機関として正しい姿勢とは思えない。

 

同じ趣旨の記事を2年前にも書いたのだけど、報道機関のこういう、自分たちの都合のいい数字だけを示して世論を誘導しようとする姿勢は2年前から一向に変わらない。

高齢者が引き起こす交通事故は増えていない - 18 til i die (another phase)

選挙に行ってきたけど

さっき、市議会議員選挙の投票を済ませてきた。

済ませないと書いてはいけないような気がしていたので控えていたが、義務として済ませるべきことは済ませたので、権利として書きたいことを書こうと思う。

まず最初に、特定の誰かを貶めるようなことは意図しておらず、選挙者及び被選挙者全員に当てはまる問題意識として書いているということを断っておきたい。

 


(1)選挙活動のムダ

県議会議員選挙と市議会議員選挙を通じて強く感じたこととして、現状の選挙活動はムダである。

朝、出勤するために最寄り駅へ行くと、候補とその支持者が並んでいて、挨拶をしてくる。

朝8時になるまでは演説やビラ配りをしていけないのだそうだ。

そのまま候補者の名前と挨拶だけ聞いて、電車に乗るまで全く何の情報も得られない。

昼間は県外というか都心で働いて、帰ってくると夜になる。

夜8時を過ぎるとまた演説とビラ配りはできないとかで挨拶をしてくる。

夜も全く情報を得られない。

 


僕の家から駅までの間にポスターの掲示場がない。

金曜日に仕事を休んでそれ以外の場所へ歩いていく機会があり、その途中にポスター掲示場があった。

候補者の名前と写真が書いて貼ってある。

その人がどのような活動をしており、何を重点的に実現したくて議員になりたいのか?

全く情報が得られない。

このポスターを告示日に貼るために、候補者は支持者に手伝いを依頼して市内あちこちへ貼る。一日がかりでクタクタになるということだ。

掲示場は市内400か所以上あって貼り切れないので、候補者同士で人手を融通しあって、他の候補者も一緒に貼ることで、作業範囲を狭めて効率化しているそうだ。

駆け引きもあって、一度引き受けておいてやっぱりゴメンするとか、ほとんど妨害まがいのことも発生しているそうだ。

そこまで苦労して貼って、1週間で一度しか目にしなかった。

狭山ヶ丘駅の西口に北側からアクセスする所沢市民は一度も目にしなかった人が多いに違いない。

掲示する場所が適切に決められているとは思えない。

 


選挙公報が家に届いたので読んでみると、こういうことをやってきました、こういうことをやりたい、という情報が書いてある。

選挙期間を通じて、これがほとんど唯一の情報源である。

候補者1名あたり縦10センチ、横12センチ。

このくらいなら誰だって(小学生だって)何かしら耳障りのいいことを書ける。

逆に言うとこれだけでは差別化は難しい。これで何を判断しろというのか。

せめてA4チラシ裏表くらいのスペースを与えて、言いたいことを全部言わせるくらいのことをしないと、人となりまで含めて判断することは困難である。

全候補者に対して公平を期すために、ここは費用をかけてもっと充実しないといけない部分だと思う。

 


また、今回の選挙から、候補者が作成して配布するビラは無料で作成できるようになったそうだ。

でもそのビラを配布できるのは朝8時から夜8時まで。

県外で働くために朝早く出勤して夜遅く帰ってくるサラリーマンはこれを入手できない。

それだったら選挙公報の代わりに全員分を全戸配布すればいいじゃないか。

二重投資しているうえに片方は情報量不足、もう片方は全員に届かない。

ムダもここまでくるとあきれてしまう。

 


選挙期間よりも前に、駅前で立候補予定者の方々が市政報告と銘打ってチラシを配っている。

これが結構いろいろ書いてあって、次回の選挙に向けた参考になる。

実際、僕はこれに基づいて、今回だれに投票するかを決めた。(誰に投票したかは誰にも言わないことにしています)

あれは私費なのか、市議会議員は議員活動費から捻出できるのか知らないが、いずれにせよ公平ではない。

お金持ちと現職だけがアピールできるシステムだ。

 


土曜日家にいると、時々外を選挙カーが通り過ぎて行った。

時間にして30秒くらいか、候補者の名前と、代表的なスローガンを連呼している。

これが投票行動に何か影響するのか。

少なくとも僕の投票行動には全く影響しなかった。

やらないと存在感出ないのでやっているのだろうし、一生懸命声を出しているウグイス嬢の方や、手を振り続ける候補者の方には大変申し訳ないが、これは効果が非常に少ないと思う。

 


(2)投票率の低下

所沢市議会議員選挙の投票率の推移が公開されている。

http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kurashi/shiminsanka/senkyo/sennkyonokiroku.files/H27shigi.pdf

投票率は下がり続け、昭和26年には92.58%(!)だったのに、前回、平成27年の選挙では39.76%、とうとう4割を切ってしまった。

特に若者の選挙離れが深刻である。30歳未満の投票率は20%に満たない。

確かに、さっき投票所に行ってきたけど、どう控えめに見ても48歳の僕が一番若かった。いや、選挙管理委員会の人に一人若い人がいたかもしれない。

僕の前に出てくる人も、僕のあとに入ってくる人も、みんな高齢者だった。

そもそも若者は日曜日の昼間に所沢市でぼんやりしていないのかもしれない。

これをどう解決するつもりなのか。何か具体的に解決に取り組んでいるようには見えない。

そもそもハガキを受け取れる場所に投票者がいないケースもあるはずだ。進学や就職で家を出ているけど、便宜上住民票は実家に置いたままだと、そもそも投票するための入場券が手元に届かない、届いても生活している場所で投票できない。

不在者投票の手続きもあるが面倒くさすぎる上にお金がかかる。お金をかけてまで投票しなきゃいけないと思う人はそれでもいいけど、実際問題としてそういう人には候補者の情報とか、そもそも選挙があること自体、自分から情報を取りに行かないと届かないので、情報格差がある。

例えば投票しやすくする(スマホで投票できるようにする)とか、期日前投票をやりやすくする(全ての鉄道駅に投票箱を置く)とか、やれることはあるはずだ。

また、若者に対しては、何か具体的に投票することへのインセンティブを提供する必要があるのではないか。

安直だが、例えば30歳未満の投票者にはチョコレートを配るとか、PayPayのクーポンを付与するとか。

何もしないでいると、若者が40代、50代になるころには、投票率が20%台になり、選挙というシステムが機能しなくなってしまう日がやってくる。

そのとき政治はどうなるのか?誰が国を運営するのか?

ちゃんと対策してほしい。

 


(3)不透明な選挙費用

所沢市選挙管理委員会は選挙にかかった費用を市のホームページで公開していない。

そもそもどういう費用が公費負担されるのかは、↓ここに書いてある。

http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kurashi/shiminsanka/senkyo/20180912.html

 


他にも、選挙所を設置、運営する費用とか、選挙公報の発行、配布とか、投票率を上げるために広報したりとか、ポスター掲示場を設置したりとか、いろいろかかっているはずなのだが、公開されていない。

公開されている市の予算案に総務費-選挙費という費用項目があるのだが、新規事業費だけが説明されており、市議会議員選挙に関しては何も書いてない。

おかしくないですかこれ。

 


市議会議員の給与は月56万円、ボーナスは年間4.3か月分支給される。

これの4年間の総額と、選挙1回あたりの費用を比べて、上記のような薄い効果しかない選挙がどれくらいもったいないか言いたいのだが、情報が足りない。

情報公開請求すれば見られるのかもしれないけど。

せめて総額いくらかかったか公表していただけないだろうか。

 


(4)候補者の問題意識

そしてこういうことを問題として政策に反映しようとする候補者が一人もいない。

自分で自分の首を真綿で締めているのに、見て見ぬふりをして、現行法で許されている運動に固着している。

お金をかけるべきところへかけるように、自分たちでできることはやっていかないのいけないのではないですか?

人魚の眠る家

東野圭吾原作。


映画『人魚の眠る家』公式サイト


あらすじも何も知らず、観たいと言うのでついていったら、思いがけず重いテーマを突きつけられてしまった。


脳死は人の死なのか。

甦る望みのない人に延命措置を施すことは正しいのか。

どこまでが献身的な介護で、どこからが延命措置で、どこからが家族の自己満足なのか。

何を回復と呼ぶのか。


障害や疾病を克服する個別の医療技術があり、それを組み合わせれば脳死以外はどこまでも救えるとして、それは医療と呼べるのか。

 

どこで死を受け入れるのか。受け入れられるのか。


人は技術を用いて何をやってよくて、何をやってはいけないのか。


このケースにおいてどこまでがセーフでどこからがアウトだったのか、観た人それぞれに意見は分かれると思う。

 

 

それほどに重いテーマを扱いきった、いい映画でした。