死の淵を見た男

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日

3つの事故調の報告書には書いてなかったことが描かれている。

関わった人の気持ち。

暗闇の中央操作室で、外で起きていることを知らないまま、データと放射線の恐怖と戦いながら突入を繰り返した当直員の気持ち。

前線基地になった免震重要棟から退避を命じられ、責任感と恐怖と家族への心残りに板挟みになって苦しむ所員の気持ち。

覚悟を持って、仕事として見えない危険の中に飛び込み、淡々と職務をこなす自衛隊員の、合間に見え隠れする気持ち。

自分にできることがあり、求められているのに手を出すことを許されず臍を噛む協力社員の気持ち。

コンクリートの建屋の地下で圧倒的な量の津波に呑まれて亡くなった若者、その残された家族たちの行き所のない気持ち。
現場に行く直前に実家の母親と電話をしていたとは知らなかった。

部下を危険な現場へ送り出す、吉田所長、伊沢当直長ら、上司から部下への気持ち。

そしてもちろん、多くの東電社員・協力企業社員を輩出し、発電所と共に生活してきた地元の方々の、愛憎入り混じる複雑な気持ち。
一人一人の社員に対する隣人としての感謝と、東電に対する裏切られたという怒り。

伊沢当直長が地元の人々と、自らもその一員として相まみえる場面が、この事故に対する地元の方々の複雑な感情の、少なくともある一面を見事に切り取り、生々しい傷痕として読む者に示される。

記憶と記録をもとに事実を縫い合わせた報告書ももちろん重要だけど、時と共に薄れていく気持ちを書き留めておくことも、それと同じくらい大切なことだと思う。

(追記 2014.1.13)誤字があったので修正しました。