年の暮れ、温泉の町

国道一号線は風祭のあたりから渋滞し始める。それは風祭に鈴廣という蒲鉾屋が大きな店を構えていて車の出入りが多いからでもあり、そこからいよいよ箱根への急峻な登り道が始まるからでもある。
渋滞は小田急の終着駅がある湯本まで続き、観光客で賑わう町を抜けたところで忽然と消える。道はいよいよ曲がりくねって、道路脇に贔屓の大学を応援する横断幕や地元の温泉宿や商店が掲げる幟が目立つようになり、息切れし始めた車のギアをセカンドに入れて、アウト・イン・アウト、スローイン・ファストアウト、繰り返しながら僕は思う。本当に、こんな道を学生たちが登っていくのだと。
箱根という町は本当に駅伝を大切にしている。国道一号線を走り、宿に近づいて国道を離れるとそれはとてもよく分かる。国道一号線とそれ以外の道路では、明らかに舗装の保全状態が違う。国道一号線は曲がりくねっているがアスファルトがとてもきれいで、走りやすい道だ。しかしひとたび脇道へ入るとそこには普通の山道が待っている。普通の山道なのに走りにくいと感じる。それほどに国道一号線は入念に保全されているのだ。
そして箱根には、年末に全国どこでも見られる道路工事がない。多分、年末よりも前に全て済ませてしまうのだろう。年末にまだ工事をしているようでは、本番に備えて練習や下見をする学生たちに迷惑がかかってしまうからだと思う。
正月前の箱根はどこかそわそわとした雰囲気を漂わせている。それは駅伝を控えて町が漂わせる期待感だろうか。祭りの前の賑やかな気配にどこか似ている風でもある。しかしもちろん、太鼓や笛を練習している人がいるわけはないし、はっぴを着た若い衆がうろついているわけでもない。見かけはごく普通の温泉町だ。
そんな風に、普段とどこが違うとは具体的に指摘しづらい、しかし他の季節とは明らかに何かが違う、そんな年末の箱根の雰囲気が好きで、駅伝を間近で見るわけでもない、それどころか大晦日までにさっさと離れてしまうのにも関わらず、僕は毎年どうにかして宿を取り、箱根へやってきてしまうのだ。