「とりあえず形だけ」メソッド

「意見を求める」と編集部が公言するのであれば、「形式的に意見を求めたのだから、それでOK」とするのではなく、きちんと意見を集約することが運営側の責務である。しかし平野デスクは私に対し、ミーティングの場で「とりあえず意見を求めたという形だけを作れば、それでOKなんじゃないの?」と言い出したこともあり、その発言に私はかなり仰天したのだった。

本気でそんなこと言っているのか。オーマイニュースは終わった。もう読まない。…もとから読んでないけど(w

ネットにおける匿名と実名の違いの本質

と、それだけではなんなので、真面目な話をすると、ネットにおける匿名と実名の違いは、slashdot.jpが存続しているというところによく表れていると思う。つまるところ、重要なのは住所とか銀行口座とかではなく、あるIDが発言を通じて獲得していく文脈であり、その文脈の総体としてサイトの方向性が築かれていくのだ。継続的に発言していくIDの数をまずある程度獲得していかないとそこに方向性は立ち上がってこないし、そうでないとノイズはノイズとしてフィルタされない。オーマイニュースはその前段階で、読者数(ページビュー)を確保できていないのだ。今はコメント欄のゴタゴタに耐えて、まずは読まれるような質の高い記事をたくさん書け、と、市民記者とやらを叱咤激励すべき段階なのに、そうしないで市民記者にぬるま湯を用意してしまった。

「実名じゃないとまともなことを言わない」という理屈は嘘

そして重要なことだが、実世界とリンクしたIDの有無はコメントの質とは関係がない。コメントする誰もが実世界での別の顔を持ち、それを背景として発言しているのであって、それは自然に文脈に立ち表れてくるものなのだ。
そしてそれを読み取れないほど、読者は愚かではない。slashdot.jpでコメントをスコア0でフィルタするかスコア1でフィルタするかによって見栄えはずいぶん違うが、しかしACの中にも参考になる意見はあり、そういうものはモデレーションで高いスコアが付くのだ。ACにも文脈はあり、ID発言にも文脈を持ったノイズは含まれているのだ。
slashdot.jp(及びslashdot.org)の優れたところは、システムとして「ノイズも全部読みたい(=自分でフィルタする)」人と「ノイズは排除してある程度まともなコメントだけ読みたい(=面倒なのでサイトのフィルタに任せる)」人の両方を満足させる器を用意したところにある、と、ワタシは思っている。それだからある程度のページビューを確保できたし、一定の質の読者によるフィルタリングを確保できたし、結果としてノイズはノイズとして峻別できるようになった。
一方、オーマイニュースはフィルタが機能しないうちに文脈をもった発言を強制したのであり、自身が問題と思っていることに対して全く見当違いの手当てをしてしまった。それでは文脈を持ったノイズは排除できないのだ。